日記 |
2006/02/28(火) 01:17
■朝日カルチャーセンターの講座の日。今日のテーマは「縁起」。
■仏教においての「縁」の解釈で、あるAとBとの関係性において、「観察者によって観察結果が変わる」ように、それぞれが相互依存的に存在する、という話が興味深かった。下記は、その部分のレジュメの引用。
たとえば、机上の何かは必ず自己ないし自己の現実との関係を明示する。これは「コップ」というものであり、「ガラス」であり、「水入れ」「容器」というものであり、「1個500円」というものであり、ときに「凶器」というものである。
■講座の最後に、次回へのイントロダクションとして、10年くらい前の「未来潮流(NHK)」という番組の、教授が監修された回のVTRを流されたのだが、冒頭の、「原宿の『占いの館』で占われている教授」の光景に笑ってしまう。マダム風の占い師に、「大丈夫、10月ぐらいから上向きになるから」と励まされる教授。
■講座の後、堂島のCAFFE SOLAREで友人とお茶をした。あることについて話しているとき、だんだん勢いづいて、20℃ぐらいの感情を80℃ぐらいで話してしまった。言葉が先走りしてた。言ったそばから自己嫌悪。
SOLAREの抹茶カプチーノはぬるいよー

■仏教においての「縁」の解釈で、あるAとBとの関係性において、「観察者によって観察結果が変わる」ように、それぞれが相互依存的に存在する、という話が興味深かった。下記は、その部分のレジュメの引用。
たとえば、机上の何かは必ず自己ないし自己の現実との関係を明示する。これは「コップ」というものであり、「ガラス」であり、「水入れ」「容器」というものであり、「1個500円」というものであり、ときに「凶器」というものである。
■講座の最後に、次回へのイントロダクションとして、10年くらい前の「未来潮流(NHK)」という番組の、教授が監修された回のVTRを流されたのだが、冒頭の、「原宿の『占いの館』で占われている教授」の光景に笑ってしまう。マダム風の占い師に、「大丈夫、10月ぐらいから上向きになるから」と励まされる教授。
■講座の後、堂島のCAFFE SOLAREで友人とお茶をした。あることについて話しているとき、だんだん勢いづいて、20℃ぐらいの感情を80℃ぐらいで話してしまった。言葉が先走りしてた。言ったそばから自己嫌悪。
SOLAREの抹茶カプチーノはぬるいよー

日記 |
2006/02/27(月) 00:24
■朝から出かけるのがおっくうになるような雨。無になって支度をし、出かける。
■13時、梅田で友人と合流。ヒルトンプラザウエストの民生(みんせい)へゆくと、待つ人で行列ができていたので店を変える。堂島のAmelie(アメリ)へ。そば粉のガレットが食べられるということで、前から来たかったのだが、すごく感じの良い店だった。ガレットもおいしかったし、梅田の喧騒からも少し離れるし。
■その後、手帳が買いたい私に付き合ってもらい、雑貨屋を2、3軒まわる。NUのunicoでいろいろ物欲が高まる。しばらくして、友人が薬を飲むというので、そばの梅田ロフトに入り、無印良品で水を買った。エスカレーターで下に降りていくと、なんだかごちゃごちゃした店があった。大音量で渋さ知らズがかかっている。ビレッジバンガードだ。前は無かったと思うが、ずいぶん来ない間にロフトもいろいろ変わったのだな。
■中へ入り、雑貨をチラ見しながら、書籍のコーナーにたどりついた。この店は本屋ではないので、独自の基準で本がセレクトしてあって見やすい。好きな作家の人たちが集まった棚を見つけた。タイトルや見出しを読もうとすると、渋さ知らズが大音量すぎて、ひと文字も頭に入ってこない。ふと見上げると、ちょうどその棚の上にスピーカーがあった。視線を本に戻し、必死に文字を追っていると、吐きそうになってきた。渋さ知らズはオーケストラだけあって、叫びあげるようなペット音に、突き破るようなシンバル音など、まさに祭りのような音楽だ。祭りの中で読書は無理。スピーカーから少しでも離れようと、となりの棚の前に移動すると、平積みにされたある書物が目に入った。
レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳
「頼むから静かにしてくれ」
思わずレジに持って行きそうになった。
■その後、初めに行った雑貨屋に戻り、手帳を買って、友人と別れて帰った。
Amelieで。左が鴨肉のガレット

*曲にもよると思うんですが、よりにもよって渋旗の「火男」でした。どんな曲かここで聴いてみてください。
■13時、梅田で友人と合流。ヒルトンプラザウエストの民生(みんせい)へゆくと、待つ人で行列ができていたので店を変える。堂島のAmelie(アメリ)へ。そば粉のガレットが食べられるということで、前から来たかったのだが、すごく感じの良い店だった。ガレットもおいしかったし、梅田の喧騒からも少し離れるし。
■その後、手帳が買いたい私に付き合ってもらい、雑貨屋を2、3軒まわる。NUのunicoでいろいろ物欲が高まる。しばらくして、友人が薬を飲むというので、そばの梅田ロフトに入り、無印良品で水を買った。エスカレーターで下に降りていくと、なんだかごちゃごちゃした店があった。大音量で渋さ知らズがかかっている。ビレッジバンガードだ。前は無かったと思うが、ずいぶん来ない間にロフトもいろいろ変わったのだな。
■中へ入り、雑貨をチラ見しながら、書籍のコーナーにたどりついた。この店は本屋ではないので、独自の基準で本がセレクトしてあって見やすい。好きな作家の人たちが集まった棚を見つけた。タイトルや見出しを読もうとすると、渋さ知らズが大音量すぎて、ひと文字も頭に入ってこない。ふと見上げると、ちょうどその棚の上にスピーカーがあった。視線を本に戻し、必死に文字を追っていると、吐きそうになってきた。渋さ知らズはオーケストラだけあって、叫びあげるようなペット音に、突き破るようなシンバル音など、まさに祭りのような音楽だ。祭りの中で読書は無理。スピーカーから少しでも離れようと、となりの棚の前に移動すると、平積みにされたある書物が目に入った。
レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳
「頼むから静かにしてくれ」
思わずレジに持って行きそうになった。
■その後、初めに行った雑貨屋に戻り、手帳を買って、友人と別れて帰った。
Amelieで。左が鴨肉のガレット

*曲にもよると思うんですが、よりにもよって渋旗の「火男」でした。どんな曲かここで聴いてみてください。
■きのうの深夜、いまフランスにいるIMI時代の友人とMSNで話しをした。友人は、寮生共有のPCルームかなにかからつないでいるらしく、向こうにはWebカメラがついていたので、私のみ友人の様子を拝観しながらの会話となった。
■昨日誕生日だったという彼女は、昨日をもって足かけ1年のドロヌマ試合的恋愛を終わりにしたと言った。途中、そのドロヌマ試合の相手とは別の元彼が、彼女にキスしにWebカメラ内に何度も乱入し、「おい、そういうことなら、わたしはもう寝るぞ」とやさぐれつつ(こっちは深夜だが、向こうは夕方の4時半)、彼女の恋愛話がおもしろく、その後も話を聞いていた。
■夜遅くまで起きていたからか頭痛がし、頭痛のために眠れない、という悪循環で、その後明け方までほとんど眠れず。ほんとうは今日、友人と母校の中学を訪問する予定だったのだが、連絡してキャンセルしてもらった。午前中は頭痛と罪悪感でダウン。
■夜、同じ市内に住む姉から電話。めいの誕生日だからと夕食にさそってもらう。誕生日!きのうまで覚えていたのに今日になって忘れていた。最低。駄おばだ、駄おば。頭痛もましになっていたので、パパッと仕度してぴゅーっと出かける。
■「いばぁ」といってのけぞるめいを見て、何ごとかと思ったらイナバウアーだった。
■その後、食事をし、リビングのテレビで流れていたジブリの特典DVD(宮崎駿と内藤剛が、三鷹のジブリの美術館を訪問している映像)を見て姉に、「これ、内藤剛じゃなくて、荒川良々とだったらおもしろいのにねぇ」と何の根拠もないことを言ったら、「誰それ」と言われたので、まったく似ていない物まねまで披露して説明したら奇跡的に伝わった。物まねのレパートリーがひとつ増えた。桂小枝と荒川良々のみ。
■2才になった本日の主役はあいかわらずのテンションで狂い踊りをしていた。誕生日おめでとう。

■昨日誕生日だったという彼女は、昨日をもって足かけ1年のドロヌマ試合的恋愛を終わりにしたと言った。途中、そのドロヌマ試合の相手とは別の元彼が、彼女にキスしにWebカメラ内に何度も乱入し、「おい、そういうことなら、わたしはもう寝るぞ」とやさぐれつつ(こっちは深夜だが、向こうは夕方の4時半)、彼女の恋愛話がおもしろく、その後も話を聞いていた。
■夜遅くまで起きていたからか頭痛がし、頭痛のために眠れない、という悪循環で、その後明け方までほとんど眠れず。ほんとうは今日、友人と母校の中学を訪問する予定だったのだが、連絡してキャンセルしてもらった。午前中は頭痛と罪悪感でダウン。
■夜、同じ市内に住む姉から電話。めいの誕生日だからと夕食にさそってもらう。誕生日!きのうまで覚えていたのに今日になって忘れていた。最低。駄おばだ、駄おば。頭痛もましになっていたので、パパッと仕度してぴゅーっと出かける。
■「いばぁ」といってのけぞるめいを見て、何ごとかと思ったらイナバウアーだった。
■その後、食事をし、リビングのテレビで流れていたジブリの特典DVD(宮崎駿と内藤剛が、三鷹のジブリの美術館を訪問している映像)を見て姉に、「これ、内藤剛じゃなくて、荒川良々とだったらおもしろいのにねぇ」と何の根拠もないことを言ったら、「誰それ」と言われたので、まったく似ていない物まねまで披露して説明したら奇跡的に伝わった。物まねのレパートリーがひとつ増えた。桂小枝と荒川良々のみ。
■2才になった本日の主役はあいかわらずのテンションで狂い踊りをしていた。誕生日おめでとう。

■姉とめい(1歳)が遊びにきた。ナガヅミ氏がSUPER BUTTER DOGのころ、よくいっしょにライブに行っていた姉に、ohanaを聴かせてあげようと『予感』をかけると、めいが踊りだした。切ない感じのこの曲に、その躍動感あふれる斬新なダンスでいいんすか、師匠!と思いながら爆笑していると、「おいでー」と手をとられ、なぜかいっしょに踊るはめに。姉、苦笑い。
■今、姉のうちでは、『ニモ』と『マダガスカル』と『バグズライフ』が交互に、エンドレスで流れているらしく、姉は「ひさしぶりにこんな曲聞いたわ」と言っていた。ちなみにめいは『バグズライフ』のことを「アリさんニモ」と呼ぶ。すべてのベースにニモ。
アリさんニモ

■大学時代の友人のひとりが箱根のポーラ美術館で働いていて、来月の旅行で行くことになった。ちょうどその頃、鎌倉画廊ではイチハラヒロコさんの個展が開催されているので、どうにか時間を調整して行きたい。
■そういえば昼に、札幌出張中の父から、「今札幌です。背丈ほどの雪が残っていて、大通り公園を歩いてたらこけそうになった。画像は時計台です」という現場レポート的なメールが、複数名宛で送られてきたが、画像がついていなかった。こけそうになったのは、私たちのほうだと伝えたい。
その後送られてきた画像

札幌、いい天気そうだなー
■今、姉のうちでは、『ニモ』と『マダガスカル』と『バグズライフ』が交互に、エンドレスで流れているらしく、姉は「ひさしぶりにこんな曲聞いたわ」と言っていた。ちなみにめいは『バグズライフ』のことを「アリさんニモ」と呼ぶ。すべてのベースにニモ。
アリさんニモ

■大学時代の友人のひとりが箱根のポーラ美術館で働いていて、来月の旅行で行くことになった。ちょうどその頃、鎌倉画廊ではイチハラヒロコさんの個展が開催されているので、どうにか時間を調整して行きたい。
■そういえば昼に、札幌出張中の父から、「今札幌です。背丈ほどの雪が残っていて、大通り公園を歩いてたらこけそうになった。画像は時計台です」という現場レポート的なメールが、複数名宛で送られてきたが、画像がついていなかった。こけそうになったのは、私たちのほうだと伝えたい。
その後送られてきた画像

札幌、いい天気そうだなー
■きのう、豆を炊いた。なぜならそこに金時豆があったから。つねに登山家の心意気だ。
■炊く前には気がつかなかったが、仕上がってみるとなかなかの量だ。おどろいた。豆を前に考え、ふと市内にひとりで暮らしている祖母に届けようと思った。
■祖母の携帯に電話をすると、少しの無音状態があり、おそるおそる問いかけると、「はいー」と元気そうな声が聞こえた。先ほどの無音は、おれおれ詐欺なんかに対する祖母なりの警戒態勢だったようだ。「豆をたくさん炊いたので持ってくわー」というと、「あれえ、ほんまにぃ、へえ、おおきに」とよろこんでくれた。気配的に電話の向こうから拝んでるんじゃないかと思うくらい。その後少し用があることを伝えると、駅まで取りに来てくれることになった。祖母の住む町の駅へ向かう。
■ひさしぶりに会った祖母は、きのうまで風邪をひいていたと言って、めずらしく素顔のままだった。なのになぜか色がとても白く、熱でたくさん汗をかいたからか、つるんとしていてきれいだった。
■別れるとき、いつもは笑うくらい全身で元気さをアピールしてくる祖母が、いつになく疲れていて、私は心もとなかった。
■祖母はいつもは元気といってももう82だ。今、わたしの母は、父方の祖父の葬儀以来、九州の祖母の身の回りの世話をするために向こうに残っているのだけれど、母も九州の祖母の世話をしながら、こっちでひとりで暮らす祖母のことを考えているだろうなと思った。
■ohanaのことを書いたからというわけでもないけれど、最近家族のことをよく考える。これまでは、考える必要もないくらい安心感のある、絶対的なものだと感じていたが、この年になってようやく、それがそうではなく人の努力によって成り立っているものだと実感している。時々ひやりと恐怖を感じつつ。そんなゆらゆら揺らぎやすいものを、ここまで絶対だと感じさせてくれていた両親と家族に手を合わせて拝みたい気持ち。
■その後、堂島で用を済ませて帰宅。借りていた『CODE46』のDVDを観た。映像特典のインタビュー映像に映る、主演のサマンサ・モートンのパンチのあるファッションにくぎづけ(その映像はここで見られます)。
■炊く前には気がつかなかったが、仕上がってみるとなかなかの量だ。おどろいた。豆を前に考え、ふと市内にひとりで暮らしている祖母に届けようと思った。
■祖母の携帯に電話をすると、少しの無音状態があり、おそるおそる問いかけると、「はいー」と元気そうな声が聞こえた。先ほどの無音は、おれおれ詐欺なんかに対する祖母なりの警戒態勢だったようだ。「豆をたくさん炊いたので持ってくわー」というと、「あれえ、ほんまにぃ、へえ、おおきに」とよろこんでくれた。気配的に電話の向こうから拝んでるんじゃないかと思うくらい。その後少し用があることを伝えると、駅まで取りに来てくれることになった。祖母の住む町の駅へ向かう。
■ひさしぶりに会った祖母は、きのうまで風邪をひいていたと言って、めずらしく素顔のままだった。なのになぜか色がとても白く、熱でたくさん汗をかいたからか、つるんとしていてきれいだった。
■別れるとき、いつもは笑うくらい全身で元気さをアピールしてくる祖母が、いつになく疲れていて、私は心もとなかった。
■祖母はいつもは元気といってももう82だ。今、わたしの母は、父方の祖父の葬儀以来、九州の祖母の身の回りの世話をするために向こうに残っているのだけれど、母も九州の祖母の世話をしながら、こっちでひとりで暮らす祖母のことを考えているだろうなと思った。
■ohanaのことを書いたからというわけでもないけれど、最近家族のことをよく考える。これまでは、考える必要もないくらい安心感のある、絶対的なものだと感じていたが、この年になってようやく、それがそうではなく人の努力によって成り立っているものだと実感している。時々ひやりと恐怖を感じつつ。そんなゆらゆら揺らぎやすいものを、ここまで絶対だと感じさせてくれていた両親と家族に手を合わせて拝みたい気持ち。
■その後、堂島で用を済ませて帰宅。借りていた『CODE46』のDVDを観た。映像特典のインタビュー映像に映る、主演のサマンサ・モートンのパンチのあるファッションにくぎづけ(その映像はここで見られます)。
■という意味のohanaの「予感」という曲を聴いている。ものすごく良い曲。(ここで少し視聴できますが、前奏からすごくいいので、ぜひCDで聴いてみてください。※PVより音のみのほうがまだ頭のところが入ってます。)

■そういえばこのあいだ知人と話をしていて、(ohanaメンバーの)「永積タカシが、」と言うところを、一語一句違わずに、「ながぶちつよしが、」と言ってしまい、しかもそれを相手に指摘されてから気がついて、大変恥ずかしい思いをした。イチハラヒロコさんのことをよく「エツコ?ヒロコ?」と言ってしまうが、それは<どちらがどちらかいつまでたっても覚えられない名前>と認識しつつ言っているので良いとして(良くないけど)、「ながぶちつよし」はなあ、さすがになあ。へこむなあ。自信満々に言い切ってたしな、私。
■ちなみに一年くらい前に家の近くにできたパン屋には、店内に長淵剛のライブ音源が流れているという噂だが(姉から聞いた)、怖くて確かめに行っていない。クリスマスの時期には、ガラス張りの壁にスノースプレーを吹き付けすぎて真っ白になっており、外からは中の様子が一切見えなくなっていた。時々軽く行く先を見失うようだ。他人ごととは思えない。

■そういえばこのあいだ知人と話をしていて、(ohanaメンバーの)「永積タカシが、」と言うところを、一語一句違わずに、「ながぶちつよしが、」と言ってしまい、しかもそれを相手に指摘されてから気がついて、大変恥ずかしい思いをした。イチハラヒロコさんのことをよく「エツコ?ヒロコ?」と言ってしまうが、それは<どちらがどちらかいつまでたっても覚えられない名前>と認識しつつ言っているので良いとして(良くないけど)、「ながぶちつよし」はなあ、さすがになあ。へこむなあ。自信満々に言い切ってたしな、私。
■ちなみに一年くらい前に家の近くにできたパン屋には、店内に長淵剛のライブ音源が流れているという噂だが(姉から聞いた)、怖くて確かめに行っていない。クリスマスの時期には、ガラス張りの壁にスノースプレーを吹き付けすぎて真っ白になっており、外からは中の様子が一切見えなくなっていた。時々軽く行く先を見失うようだ。他人ごととは思えない。
■いい具合に日が照っている。「そうか、君らはおしゃれ着やったか」と思いながら、ドライマーク付き衣料を洗濯。
■元上司からのどきどきさせられるメール(2/6日分参照)にようやく、「アハー、また遊びに行きまーす!」的当たりさわりのない返信を返したところ、すぐさま返信への返信がきていた。
> もう2月末だよ。早く来てよ。
> もう本当に米倉がいないとパニエル(仮名)大変だよ。
> 電話して!!
と書いてある。文章はものすごくラブリーだが、誰か私の代わりに電話してくれる人募集。
■今日はササミのグラタンと豆のサラダでした。
■元上司からのどきどきさせられるメール(2/6日分参照)にようやく、「アハー、また遊びに行きまーす!」的当たりさわりのない返信を返したところ、すぐさま返信への返信がきていた。
> もう2月末だよ。早く来てよ。
> もう本当に米倉がいないとパニエル(仮名)大変だよ。
> 電話して!!
と書いてある。文章はものすごくラブリーだが、誰か私の代わりに電話してくれる人募集。
■今日はササミのグラタンと豆のサラダでした。
日記 |
2006/02/16(木) 23:01
■Nさんに会った。
■ごはんを食べたあと、梅田のタワーレコードに行った。毎月異なったアーティストを起用して作られているタワレコのポスターを見ながら、
「ポメラニアンズかー、知らないなー」
と言うと、Nさんは、
「名前だけは聞いたことがあるな」
と言った。アーティストとかよく知ってるんだなー、と思っていると、少ししてから、
「あ、犬の名前だからか」
と言っていた。
犬のポメラニアンなら私も知っている。
■ごはんを食べたあと、梅田のタワーレコードに行った。毎月異なったアーティストを起用して作られているタワレコのポスターを見ながら、
「ポメラニアンズかー、知らないなー」
と言うと、Nさんは、
「名前だけは聞いたことがあるな」
と言った。アーティストとかよく知ってるんだなー、と思っていると、少ししてから、
「あ、犬の名前だからか」
と言っていた。
犬のポメラニアンなら私も知っている。
■朝日カルチャーセンターの講座にゆく。
■おととしの、ネパールの処女神“クマリ”を題材にした「未来への捧げもの」、人間同士の結びつきについて映画から読み解く「シネマの快楽」につづいて3期め。今期のテーマは「占い」。
■おととしは仕事をしながら受講していたので、平日18時半から、という時間設定のため大幅遅刻と欠席をくり返していたが、今回は全6回皆勤できるのでは、と思っていたところ、第1回は旅行、第2回は身内の不幸と重なり、すでに本日第3回目。残すところあと4回。師は拠点を大阪から東京に移されたので、今後大阪に来られることも少なくなるだろうと考えると、貴重な4回である。
■少し遅れて入ると、教室内は暗く、資料用のビデオが流されていた。最近テレビでよく見かける男性スピリチュアル・カウンセラーの番組だ。前世や憑いているものを見るという内容で、見られているのはある脚本家。5分ほど見ただけだが、その脚本家はあきらかに疑っているように見えた。
■「前世、あなたはオペラ作家でした。有名ではないですが、年譜に名前ぐらいは残っている人物です」と言われ、「名前わかりますか?」とすかさず脚本家の男性が聞き返したとき、カウンセラーはあきらかに一瞬ひるみ、そこにはぎこちない間がうまれた。そのあまりの気まずさに教室内には笑いがもれた。この時の彼の表情に効果音をつけるとすると間違いなく、「ギクーッ」だ。
■そのあと、もう一本参考資料として映像が流され、それは、歯に衣着せぬ物言いで人気の中年女性占い師の番組だった。彼女については、著書からの引用なども取り上げ、かなり勝手で強引な論理の一部が紹介された。強引だった。かなり強引だった。
■この、男性カウンセラーと女性占い師の、すべてとは言えないけれどある種のうさんくささについての読み解きは、非常におもしろいものがあったが、それとは別に、私は「“みんなで見る”ことのもたらす冷静さの力」について考えていた。
■一般的に、今回資料としてあげられたようなバラエティ番組は、家庭の娯楽用に作られているので、みんなでまじめに見られたり、ましてや講義の場のようなところで批評の目を向けられることに耐えきれない。ひとりで家でぼうっと見ていたら、聞き流すか、もしくはそれなりに聞こえてしまうような、深刻そうな効果音ひとつをとってみても、みんなで見ているときには笑える演出になっていた。
■占いやカウンセリングもまた、同じように、多くの人の冷静な目の中では成立しにくいものなのだと思う。というか、ひとりの中でのみ成立すればよい性質のものなのだろう。
■上のカウンセラーの番組を止めた後、教授は、「こういうのは、閉じられた空間でするものなのに、こういう場所でやっている時点で、おかしいね」と言った。専門分野は宗教学で、インドやバリなどで多くの霊能者や悪魔払い師などを見てきた教授にとって、そういうもの(“霊的なものそのもの”というより、社会の中でそういったもののもつ“役割”)への理解は大きいはずで、その上で今回このふたりを否定的にとらえたのは、そういったものを扱う種類の人間としての、彼らのスタンスの否定だろう。もっと単純に、感情的な”気持ちの悪さ”からだったかもしれないが。
■講義では、「なのになぜ、今彼らがメディアに頻繁に取り上げられ、ある種の人気を得ているのか」の分析が続き、社会の中でそういったものが求められる理由についての解説が続いた。なるほどなぁ、と興味深く聞く。
■次回は、2月27日。興味深くてまちどおしい。
■おととしの、ネパールの処女神“クマリ”を題材にした「未来への捧げもの」、人間同士の結びつきについて映画から読み解く「シネマの快楽」につづいて3期め。今期のテーマは「占い」。
■おととしは仕事をしながら受講していたので、平日18時半から、という時間設定のため大幅遅刻と欠席をくり返していたが、今回は全6回皆勤できるのでは、と思っていたところ、第1回は旅行、第2回は身内の不幸と重なり、すでに本日第3回目。残すところあと4回。師は拠点を大阪から東京に移されたので、今後大阪に来られることも少なくなるだろうと考えると、貴重な4回である。
■少し遅れて入ると、教室内は暗く、資料用のビデオが流されていた。最近テレビでよく見かける男性スピリチュアル・カウンセラーの番組だ。前世や憑いているものを見るという内容で、見られているのはある脚本家。5分ほど見ただけだが、その脚本家はあきらかに疑っているように見えた。
■「前世、あなたはオペラ作家でした。有名ではないですが、年譜に名前ぐらいは残っている人物です」と言われ、「名前わかりますか?」とすかさず脚本家の男性が聞き返したとき、カウンセラーはあきらかに一瞬ひるみ、そこにはぎこちない間がうまれた。そのあまりの気まずさに教室内には笑いがもれた。この時の彼の表情に効果音をつけるとすると間違いなく、「ギクーッ」だ。
■そのあと、もう一本参考資料として映像が流され、それは、歯に衣着せぬ物言いで人気の中年女性占い師の番組だった。彼女については、著書からの引用なども取り上げ、かなり勝手で強引な論理の一部が紹介された。強引だった。かなり強引だった。
■この、男性カウンセラーと女性占い師の、すべてとは言えないけれどある種のうさんくささについての読み解きは、非常におもしろいものがあったが、それとは別に、私は「“みんなで見る”ことのもたらす冷静さの力」について考えていた。
■一般的に、今回資料としてあげられたようなバラエティ番組は、家庭の娯楽用に作られているので、みんなでまじめに見られたり、ましてや講義の場のようなところで批評の目を向けられることに耐えきれない。ひとりで家でぼうっと見ていたら、聞き流すか、もしくはそれなりに聞こえてしまうような、深刻そうな効果音ひとつをとってみても、みんなで見ているときには笑える演出になっていた。
■占いやカウンセリングもまた、同じように、多くの人の冷静な目の中では成立しにくいものなのだと思う。というか、ひとりの中でのみ成立すればよい性質のものなのだろう。
■上のカウンセラーの番組を止めた後、教授は、「こういうのは、閉じられた空間でするものなのに、こういう場所でやっている時点で、おかしいね」と言った。専門分野は宗教学で、インドやバリなどで多くの霊能者や悪魔払い師などを見てきた教授にとって、そういうもの(“霊的なものそのもの”というより、社会の中でそういったもののもつ“役割”)への理解は大きいはずで、その上で今回このふたりを否定的にとらえたのは、そういったものを扱う種類の人間としての、彼らのスタンスの否定だろう。もっと単純に、感情的な”気持ちの悪さ”からだったかもしれないが。
■講義では、「なのになぜ、今彼らがメディアに頻繁に取り上げられ、ある種の人気を得ているのか」の分析が続き、社会の中でそういったものが求められる理由についての解説が続いた。なるほどなぁ、と興味深く聞く。
■次回は、2月27日。興味深くてまちどおしい。
■レシピの日々である。
■去年までいた会社で、私はサイトの制作に関わっていたのだけれど、新しいサイトの企画ミーティングなどで、それが女性向けのコミュニティサイトであったりすると、「レシピのページは?」という意見が必ず出た(不思議と男性から出ることが多かった)。が、それまで、ネット上のレシピなどまったく利用したことのなかった私は、「レシピ? そんなに使われてるもんかねえ」と思っていた。
■それが、仕事をやめ、時間ができた上に、母不在(九州に駐留中)のこの状況で、とつぜん家事全般担当になった私に、ネット上のレシピは魔法のバイブルである。
「野菜室の中のやけにでかいかぼちゃ、あれをぜんぶ煮物にしてしまっては芸がないし、さてどうやってかたづけるべきか」と思ったのがはじまりだった。
■検索エンジンに、「かぼちゃ、レシピ」と入力したところ、出るわ出るわ、見たこともないかぼちゃ料理の数々。
「ニュージーランドかぼちゃ」を紹介しているこのサイトのレシピの数にはうなった。メインからデザートにいたるまで、どこまでもかぼちゃである。へえと感心していると、ひとつのレシピが目に入った。
「かぼちゃのサラダ イン ハワイ」
他のメニューに無理やり感がなかった分、これだけが突出して目立った。「アボカドとパパイヤを入れると<イン ハワイ>の法則」である。強引な。だったら、バナナを入れたら「イン エクアドル」か、となかばケンカごしに言いたくもなるが、ふと、「何も入れずに、『かぼちゃのサラダ イン トンガ』ってのはどうだろう」とくだらないことを思いついて、一気にどうでも良くなった(ニュージーランドかぼちゃのページで、それはかなりわけがわからないが)。しかし、この法則、ゴーヤを入れて「イン 沖縄」、味噌で煮込んで「イン 名古屋」と思いつくままにシリーズ化可能で、案外使えるかもしれない。
■ある日食卓に、無造作にかぼちゃと大葉が和えられただけの見たこともないメニューを見て、父は言うだろう。
「なんだ、これは」
そして私は答えるのだ。
「ああ、『かぼちゃのサラダ イン 寝屋川』だけど」
■くだらない妄想をしつつ、献立に頭を悩ませる毎日である。
(※わが町寝屋川の特産物は大葉らしいです。)

■去年までいた会社で、私はサイトの制作に関わっていたのだけれど、新しいサイトの企画ミーティングなどで、それが女性向けのコミュニティサイトであったりすると、「レシピのページは?」という意見が必ず出た(不思議と男性から出ることが多かった)。が、それまで、ネット上のレシピなどまったく利用したことのなかった私は、「レシピ? そんなに使われてるもんかねえ」と思っていた。
■それが、仕事をやめ、時間ができた上に、母不在(九州に駐留中)のこの状況で、とつぜん家事全般担当になった私に、ネット上のレシピは魔法のバイブルである。
「野菜室の中のやけにでかいかぼちゃ、あれをぜんぶ煮物にしてしまっては芸がないし、さてどうやってかたづけるべきか」と思ったのがはじまりだった。
■検索エンジンに、「かぼちゃ、レシピ」と入力したところ、出るわ出るわ、見たこともないかぼちゃ料理の数々。
「ニュージーランドかぼちゃ」を紹介しているこのサイトのレシピの数にはうなった。メインからデザートにいたるまで、どこまでもかぼちゃである。へえと感心していると、ひとつのレシピが目に入った。
「かぼちゃのサラダ イン ハワイ」
他のメニューに無理やり感がなかった分、これだけが突出して目立った。「アボカドとパパイヤを入れると<イン ハワイ>の法則」である。強引な。だったら、バナナを入れたら「イン エクアドル」か、となかばケンカごしに言いたくもなるが、ふと、「何も入れずに、『かぼちゃのサラダ イン トンガ』ってのはどうだろう」とくだらないことを思いついて、一気にどうでも良くなった(ニュージーランドかぼちゃのページで、それはかなりわけがわからないが)。しかし、この法則、ゴーヤを入れて「イン 沖縄」、味噌で煮込んで「イン 名古屋」と思いつくままにシリーズ化可能で、案外使えるかもしれない。
■ある日食卓に、無造作にかぼちゃと大葉が和えられただけの見たこともないメニューを見て、父は言うだろう。
「なんだ、これは」
そして私は答えるのだ。
「ああ、『かぼちゃのサラダ イン 寝屋川』だけど」
■くだらない妄想をしつつ、献立に頭を悩ませる毎日である。
(※わが町寝屋川の特産物は大葉らしいです。)

日記 |
2006/02/11(土) 21:36
■昨日、ポコペンに行った。
■「谷町六丁目」の駅に着くころ、モリシーから「仕事が長引いて、少し遅れます」との連絡があったので、空堀の町をぶらぶらすることにする。空堀は数年まえから、町の持つ独特の古びた雰囲気が再注目され、新たに店ができたりして、いい味を出している町である。私の周りにもこの町を好きな人は多い。
人に連れられて私も二度ほど来たことがあったが、道を歩くときは常に人任せ、かつ極度の方向音痴のため、どのあたりにそれらの店があったかさっぱり覚えていない。ひとまず商店街を歩いてみる。しばらくすると、アーケードが終わり大通りに出た。道路の向こうには、「にんぎょう〜のしゅうげつ〜」のCMでおなじみの「人形のS月」だ。いつのまにか人形の町、「松屋町(まっちゃまち)」にいた。ひと駅歩いていた。人形と花火に今は用はないんだ、と思いながら道を折れると、友人が通っていた高校が現れた。こんな、面白要素満載のカオスみたいな場所にあったのか、どうりで文化的側面がやけに発達した面白い人だった、と思いながら進む。さらにゆくと、一度来たことのある集合商業施設「練」が現れた。中に入り、「エクチュア」という老舗のチョコレート屋をのぞく。せまい店内にはバレンタインが近いこともあって、女の子がひしめいていた。私も買って外へ出た。まわりの店をのぞいていると、モリシーから電話。いざ、ポコペンへ。
練 (画像はエクチュアのページから拝借)

■ポコペンは、感じの良いギャラリーの横の、小さな路地裏の奥にあった。古い長屋をそのまま店にしていて、靴を脱ぎ畳張りの部屋に入ると、店主の益山さんが「ああ、こんにちは」と言って出迎えてくれた。中にはお客らしき男性がふたり、こたつに入ってテレビを見ている。奥にはギターを弾く年配の男性。さらにその奥にモリシーがいた。向かいのソファに座り、頼んだジャスミン茶を飲んでひとしきり温まったころ、益山さんが、薄く切って乾かした餅をストーブで焼いて出してくれた。すっかり友達の実家に遊びに来た気分である。ゆっくり部屋の中を見回せば、今年の目標が書かれた「かきぞめ」が貼られていたり、古いマンガが何十冊と並んでいる。私の向かいには電気ブランをうまそうに呑む男、モリシー。その奥には、静かに書き物をしている店主がいる。どこまでも心が和む、初体験・リッチモンド・ポコペンの夜。
ポコペン

電気ブランとモリシタ将軍

ポコペンのサイトから「ポコペンのようす」
■「谷町六丁目」の駅に着くころ、モリシーから「仕事が長引いて、少し遅れます」との連絡があったので、空堀の町をぶらぶらすることにする。空堀は数年まえから、町の持つ独特の古びた雰囲気が再注目され、新たに店ができたりして、いい味を出している町である。私の周りにもこの町を好きな人は多い。
人に連れられて私も二度ほど来たことがあったが、道を歩くときは常に人任せ、かつ極度の方向音痴のため、どのあたりにそれらの店があったかさっぱり覚えていない。ひとまず商店街を歩いてみる。しばらくすると、アーケードが終わり大通りに出た。道路の向こうには、「にんぎょう〜のしゅうげつ〜」のCMでおなじみの「人形のS月」だ。いつのまにか人形の町、「松屋町(まっちゃまち)」にいた。ひと駅歩いていた。人形と花火に今は用はないんだ、と思いながら道を折れると、友人が通っていた高校が現れた。こんな、面白要素満載のカオスみたいな場所にあったのか、どうりで文化的側面がやけに発達した面白い人だった、と思いながら進む。さらにゆくと、一度来たことのある集合商業施設「練」が現れた。中に入り、「エクチュア」という老舗のチョコレート屋をのぞく。せまい店内にはバレンタインが近いこともあって、女の子がひしめいていた。私も買って外へ出た。まわりの店をのぞいていると、モリシーから電話。いざ、ポコペンへ。
練 (画像はエクチュアのページから拝借)

■ポコペンは、感じの良いギャラリーの横の、小さな路地裏の奥にあった。古い長屋をそのまま店にしていて、靴を脱ぎ畳張りの部屋に入ると、店主の益山さんが「ああ、こんにちは」と言って出迎えてくれた。中にはお客らしき男性がふたり、こたつに入ってテレビを見ている。奥にはギターを弾く年配の男性。さらにその奥にモリシーがいた。向かいのソファに座り、頼んだジャスミン茶を飲んでひとしきり温まったころ、益山さんが、薄く切って乾かした餅をストーブで焼いて出してくれた。すっかり友達の実家に遊びに来た気分である。ゆっくり部屋の中を見回せば、今年の目標が書かれた「かきぞめ」が貼られていたり、古いマンガが何十冊と並んでいる。私の向かいには電気ブランをうまそうに呑む男、モリシー。その奥には、静かに書き物をしている店主がいる。どこまでも心が和む、初体験・リッチモンド・ポコペンの夜。
ポコペン

電気ブランとモリシタ将軍

ポコペンのサイトから「ポコペンのようす」
それはこれとか。
ライブ(去年11月の)を観たかったな、と今となっては思うが、そのときは、FISHMANSファンの人たちがたくさん、それぞれに神聖な気持ちを抱えて観に行くだろうから、FISHMANS、好きだけれど特に深い思い入れはない私にとっては、「とても行かれない」、そんなふうに思ったような気がする。
bonobosの蔡さんは、FISHMANSの佐藤さんと声や歌い方がよく似ているということで、時々バッシングや中傷のような意見も見かけたりし(おもに一般の人が匿名で発言できる掲示板やコミュニティなどで)、現にこの映画でドキュメントされている、昨年11月に行われたFISHMANSライブのボーカルのラインナップに、蔡氏が決定したときも、一部で煽りやバッシングが起こったという。賞賛よりも中傷や批判のほうがなぜか表に出てきやすいという面はあるから、実際はFISHMANSファンの中でもひとにぎりの意見なのかもしれないが。
でもライブ当日、彼が歌った瞬間、会場はどよめいたという。
そのどよめきの中身は単純なものではないと思うけれど、そのステージに立ち、歌い、そして会場をどよめかせた彼の強さに敬服する。強いなあ。アウェーでのパフォーマンス。似てるとか、まねとか、そんな中傷よりも、彼自身、FISHMANSがすごく好きだったのだろうな。
「声の響きや雰囲気も何処か佐藤伸治を思わせる彼、特に『感謝(驚)』ではまるでフィッシュマンズが本当にその瞬間だけ再生されたような、それでいて確かに蔡だと分かる矛盾に満ちた歌声が、トラックと見事に完全融合して天を突き抜けるように楽曲が、音が昇華していく、この日のライブのハイライトのひとつだった。」
―『ホットエキスプレス・ミュージックマガジン』より―
「蔡忠浩(bonobos)が登場しての“忘れちゃうひととき”が始まった瞬間の場内のどよめきにはちょっと複雑なものが見えたけど、pod同様歌詞を飛ばしたりしつつ、歌うのに精一杯といった感じの一生懸命な蔡忠浩のステージングは逆にフィッシュマンズへの敬意を感じる。」
―『bounce.com ライブ&イベントレポ』より―
こんなレポートを今見ると、やっぱり生で観たかったなぁと思うのだけれど、ひとまず、3月25日の公開のこの映像が待ち遠しい。
ライブ(去年11月の)を観たかったな、と今となっては思うが、そのときは、FISHMANSファンの人たちがたくさん、それぞれに神聖な気持ちを抱えて観に行くだろうから、FISHMANS、好きだけれど特に深い思い入れはない私にとっては、「とても行かれない」、そんなふうに思ったような気がする。
bonobosの蔡さんは、FISHMANSの佐藤さんと声や歌い方がよく似ているということで、時々バッシングや中傷のような意見も見かけたりし(おもに一般の人が匿名で発言できる掲示板やコミュニティなどで)、現にこの映画でドキュメントされている、昨年11月に行われたFISHMANSライブのボーカルのラインナップに、蔡氏が決定したときも、一部で煽りやバッシングが起こったという。賞賛よりも中傷や批判のほうがなぜか表に出てきやすいという面はあるから、実際はFISHMANSファンの中でもひとにぎりの意見なのかもしれないが。
でもライブ当日、彼が歌った瞬間、会場はどよめいたという。
そのどよめきの中身は単純なものではないと思うけれど、そのステージに立ち、歌い、そして会場をどよめかせた彼の強さに敬服する。強いなあ。アウェーでのパフォーマンス。似てるとか、まねとか、そんな中傷よりも、彼自身、FISHMANSがすごく好きだったのだろうな。
「声の響きや雰囲気も何処か佐藤伸治を思わせる彼、特に『感謝(驚)』ではまるでフィッシュマンズが本当にその瞬間だけ再生されたような、それでいて確かに蔡だと分かる矛盾に満ちた歌声が、トラックと見事に完全融合して天を突き抜けるように楽曲が、音が昇華していく、この日のライブのハイライトのひとつだった。」
―『ホットエキスプレス・ミュージックマガジン』より―
「蔡忠浩(bonobos)が登場しての“忘れちゃうひととき”が始まった瞬間の場内のどよめきにはちょっと複雑なものが見えたけど、pod同様歌詞を飛ばしたりしつつ、歌うのに精一杯といった感じの一生懸命な蔡忠浩のステージングは逆にフィッシュマンズへの敬意を感じる。」
―『bounce.com ライブ&イベントレポ』より―
こんなレポートを今見ると、やっぱり生で観たかったなぁと思うのだけれど、ひとまず、3月25日の公開のこの映像が待ち遠しい。
■夜、ペイさんから電話。かかってきた電話なのに、彼女の倍話す自分。こないだの日曜、凧あげをしたらしい。好きな人のギターを聴きながら、凧あげをする日曜か。映画みたいだな。
■その20分ほど後、もう一本電話がかかってきた。フロム・モリシー。ひさびさに声を聞いたように思い、
「モリシーと最後に会ったのは、あれは去年、」
と言いかけたところ、
「今年やん、ていうか先月やん。よねっち、酔ってる?!」
と案の定、言われる。その後は、ずっと爆笑しながら話をしていた。モリシーとの電話で毎回、「よねっち、酔ってる?!」と言われる変なテンションになるのは、彼のほろ酔い気味の楽しいオーラにのまれるからだ!と今ごろ気がついた。明日はポコペンに集合六時半!の約束をもらう。彼の急な約束はパワーだ。
■W坂さんからチエコビューティさんの情報をいただき、そのまま得意げに友人に転送。
「いまだに地獄風邪の余韻で、変な咳が出るのです」
とメールに書いたところ、W坂さんのお知り合いの方で、風邪から「咳ぜんそく」という名前を聞いただけでも恐ろしい病気になった方がいらっしゃるとのこと。咳ぜんそくはいやだ。怖いよ。
さっき、モリシーにもその話をしてみたところ、
「ぼくも咳出るねん。ていうかずっと出てる」
と言うので、
「えええ、怖いよ、それ」
と言うと、
「ていうか、ずっと風邪。ずっと治らへんねん、ハハハ」
と怖いことを言って笑っている。私も笑うしかなく、地獄風邪と万年風邪でハハハと不気味に笑い合った。
■その20分ほど後、もう一本電話がかかってきた。フロム・モリシー。ひさびさに声を聞いたように思い、
「モリシーと最後に会ったのは、あれは去年、」
と言いかけたところ、
「今年やん、ていうか先月やん。よねっち、酔ってる?!」
と案の定、言われる。その後は、ずっと爆笑しながら話をしていた。モリシーとの電話で毎回、「よねっち、酔ってる?!」と言われる変なテンションになるのは、彼のほろ酔い気味の楽しいオーラにのまれるからだ!と今ごろ気がついた。明日はポコペンに集合六時半!の約束をもらう。彼の急な約束はパワーだ。
■W坂さんからチエコビューティさんの情報をいただき、そのまま得意げに友人に転送。
「いまだに地獄風邪の余韻で、変な咳が出るのです」
とメールに書いたところ、W坂さんのお知り合いの方で、風邪から「咳ぜんそく」という名前を聞いただけでも恐ろしい病気になった方がいらっしゃるとのこと。咳ぜんそくはいやだ。怖いよ。
さっき、モリシーにもその話をしてみたところ、
「ぼくも咳出るねん。ていうかずっと出てる」
と言うので、
「えええ、怖いよ、それ」
と言うと、
「ていうか、ずっと風邪。ずっと治らへんねん、ハハハ」
と怖いことを言って笑っている。私も笑うしかなく、地獄風邪と万年風邪でハハハと不気味に笑い合った。
日記 |
2006/02/09(木) 00:20
■昨日のメールはやっぱり私宛てだったらしい。何かのライブで「スペシャルゲスト」として出てきたらしいが、どのあたりがスペシャルなのかを知りたかったとのこと。そして、質問の矛先になった私は「ビューティ」自体を知らなかった。お役に立てず残念です。
■ビューティといえば、先月ハワイに行ったとき、アラモアナショッピングセンターの中のニーマンマーカスという、とても好きな小規模なデパートみたいなお店で買い物をしていたとき、下着売り場でキャミソールを2着買ったのだが、レジのおばさんがものすごく丁寧に包装してくれて(過剰という意味ではなく、品物の取り扱い方がすごく丁寧だった)、「beautiful..」といって、買った品物をほめてくれた。
日本のデパートでレジの人に個人的な言葉を言われることってあんまりないので(服屋とか小売のお店だったらあるかもしれないけど)、ちょっと驚きつつなんだかうれしかった。そのおばさんのキャラクターもほのぼのさせるものがあったし、その日は同行者と別れてひとりでぶらぶらしていた日だったので特にそう感じたのかもしれない。
こんな人だった

■ビューティといえば、先月ハワイに行ったとき、アラモアナショッピングセンターの中のニーマンマーカスという、とても好きな小規模なデパートみたいなお店で買い物をしていたとき、下着売り場でキャミソールを2着買ったのだが、レジのおばさんがものすごく丁寧に包装してくれて(過剰という意味ではなく、品物の取り扱い方がすごく丁寧だった)、「beautiful..」といって、買った品物をほめてくれた。
日本のデパートでレジの人に個人的な言葉を言われることってあんまりないので(服屋とか小売のお店だったらあるかもしれないけど)、ちょっと驚きつつなんだかうれしかった。そのおばさんのキャラクターもほのぼのさせるものがあったし、その日は同行者と別れてひとりでぶらぶらしていた日だったので特にそう感じたのかもしれない。
こんな人だった

■さっき友人から、「チエコビューティって何者なん?どーいう関係?」というメールがきたが、その人のことをまったく知らないし、何の脈絡もない突然のメールだったので、おそらく宛て先間違いだろうと思う。もしくは酩酊中か(友人は酩酊中に数々の武勇伝を残している)。
■チエコビューティ、気になったので検索してみたところ、アーティストのようだった。プロフィールに、「建設的の『だいじょーぶ』をカバー」とあり、聞きたくなったので聞いている。いきなり飛躍した。

■もしこの先ペットを飼うことになったら、「ドリー」という名前にしたいと今突然思ったが、これまで私が飼ったことのある生き物といったらセキセイインコか金魚ぐらいのもので、金魚でドリーっていわれてもな。
■チエコビューティ、気になったので検索してみたところ、アーティストのようだった。プロフィールに、「建設的の『だいじょーぶ』をカバー」とあり、聞きたくなったので聞いている。いきなり飛躍した。

■もしこの先ペットを飼うことになったら、「ドリー」という名前にしたいと今突然思ったが、これまで私が飼ったことのある生き物といったらセキセイインコか金魚ぐらいのもので、金魚でドリーっていわれてもな。
日記 |
2006/02/06(月) 23:23
■ぼうっとテレビを見ていたら良い音楽に出会う。サンタラという人たちの「Joy&Pain」という曲だった。すかさず頭にメモる。あとでネットで検索してみたら、その曲が流れはじめた。往年のさかなみたいな感じ。
■そういえば昨日友人がリリー・フランキーさんの「東京タワー」を読んだと言うので、返ってくる答えを予想しつつ「どうだった?」と聞いてみたところ、「9割方面白かった」というドライな感想に、へぇと少し驚く。これまでこの本について聞いた感想が皆一様に絶賛系のコメントばかりだったので。
絶賛5、ドライ1ほどの感想を聞いたが、読もう、という気にならないのはなぜだろう。リリーさんの「おでんくん」の世界観はものすごいものがあると思うのだが。おでんくんが自分のきんちゃくの中からおにぎりを取り出して、「ぼくの おにぎし たびなよ(食べなよ)」みたいな場面はちょっとどうかと思うほどよかった。
おでんくん

■机の上のイチハラヒロコカレンダーがなぜか10月までめくれていて、「イヤでも生きる。」というものすごい力強い言葉が書かれているのだが、いまの私のこののんべんだらりとした生活との、まったくのシンクロしてなさに顔をそむけたくなる。2月に戻せばいいだけの話だが。ちなみに2月は「ひとりにしぼれば。」だ。これはまたえらいナイーブな。
■そういえば昨日友人がリリー・フランキーさんの「東京タワー」を読んだと言うので、返ってくる答えを予想しつつ「どうだった?」と聞いてみたところ、「9割方面白かった」というドライな感想に、へぇと少し驚く。これまでこの本について聞いた感想が皆一様に絶賛系のコメントばかりだったので。
絶賛5、ドライ1ほどの感想を聞いたが、読もう、という気にならないのはなぜだろう。リリーさんの「おでんくん」の世界観はものすごいものがあると思うのだが。おでんくんが自分のきんちゃくの中からおにぎりを取り出して、「ぼくの おにぎし たびなよ(食べなよ)」みたいな場面はちょっとどうかと思うほどよかった。
おでんくん

■机の上のイチハラヒロコカレンダーがなぜか10月までめくれていて、「イヤでも生きる。」というものすごい力強い言葉が書かれているのだが、いまの私のこののんべんだらりとした生活との、まったくのシンクロしてなさに顔をそむけたくなる。2月に戻せばいいだけの話だが。ちなみに2月は「ひとりにしぼれば。」だ。これはまたえらいナイーブな。
■地獄カゼ発症以来、ひさかたぶりの遠出。病み上がりのほうほうのていで遠出。心斎橋BIG CATでのbonobosのライブへ。
友人とふたり、BIG CATと同じ建物内のカフェでお茶をした後、のんびりと当日券を購入するべく、開演30分くらい前に行ってみると、窓口に「THANK YOU SOLD OUT!」という大きな赤い文字。あ然とする私。横で突然ラジオ局勤務時代のコネクションをたどり始めようとする友人。
なすすべなく呆然と突っ立っていると、開演ギリギリになって、「当日券、出します」という声とともに受付が開いた。神!
■なぜかカニエ・ウェストのGold Diggerでのメンバー入場(やけにかっこ良い)。ライブは「午前の光」で始まった。
ボーカル、サイ・チュンホの声。毎回、ライブで彼が歌い始める瞬間、私は息が止まるような気持ちで見つめてしまう。あの声。彼はそれを、なんなく、無理なく、むしろ気持ちよさそうに出しているように見えて、圧倒される。そしてその後の2時間は、我を忘れて聞き入っている。
あ、あと、この人はギターを置いて歌うときに踊る姿もものすごくかっこいいのだった。踊る(リズムをとる)姿のかっこ良さは、それはもう永積タカシに匹敵するほど。もう、めちゃくちゃかっこいいよ。
■そういえば、ひさかたぶりにPCメールのチェックをしてみたら、元勤務先の上司(香港人部長・カナダ国籍)から、クエスチョンマーク5コ、エクスクラメーションマーク2コ使用の、せっぱつまった感じのメールが来ていた。
> あの。。いつかえってくれるの?
と書いてある。えええええええええええ。「連絡して!」と書いてあるが、ものすごく警戒してしまうのですが。新手のカナディアン・ジョークだろうか。ツッコミかたを知らない。
友人とふたり、BIG CATと同じ建物内のカフェでお茶をした後、のんびりと当日券を購入するべく、開演30分くらい前に行ってみると、窓口に「THANK YOU SOLD OUT!」という大きな赤い文字。あ然とする私。横で突然ラジオ局勤務時代のコネクションをたどり始めようとする友人。
なすすべなく呆然と突っ立っていると、開演ギリギリになって、「当日券、出します」という声とともに受付が開いた。神!
■なぜかカニエ・ウェストのGold Diggerでのメンバー入場(やけにかっこ良い)。ライブは「午前の光」で始まった。
ボーカル、サイ・チュンホの声。毎回、ライブで彼が歌い始める瞬間、私は息が止まるような気持ちで見つめてしまう。あの声。彼はそれを、なんなく、無理なく、むしろ気持ちよさそうに出しているように見えて、圧倒される。そしてその後の2時間は、我を忘れて聞き入っている。
あ、あと、この人はギターを置いて歌うときに踊る姿もものすごくかっこいいのだった。踊る(リズムをとる)姿のかっこ良さは、それはもう永積タカシに匹敵するほど。もう、めちゃくちゃかっこいいよ。
■そういえば、ひさかたぶりにPCメールのチェックをしてみたら、元勤務先の上司(香港人部長・カナダ国籍)から、クエスチョンマーク5コ、エクスクラメーションマーク2コ使用の、せっぱつまった感じのメールが来ていた。
> あの。。いつかえってくれるの?
と書いてある。えええええええええええ。「連絡して!」と書いてあるが、ものすごく警戒してしまうのですが。新手のカナディアン・ジョークだろうか。ツッコミかたを知らない。
■メールでごはんにさそってもらい、「なんか食べたいものある?」との問いに、「ナン」と返してしまった。即答。別にナンが大好きというわけではなく、このあいだしんどくなってしまって食べられなかったからというのが最大の理由だが、巷の女性誌的に見て、「ナニ食べたい?」の問いに対する、百パー<ナシ回答>だろう。ナンて。
自分自身、「ナン男」が頭に浮かんできた。
ナン男(手にナン)

肩にナン

当日、竹中直人さんの「恋のバカンス(初回限定版DVD-BOX)」を買うと付いてくるという「ナンの巨大携帯ストラップ」を携帯に付けていったら、どういうリアクションが返ってくるか見てみたいが。
ググったら出てきた参考画像

※ナン男をご存じない方に・・・
「ナン男とは、パンチ(パーマ)で、浴衣を着ており、両肩には何枚かのナンをぶらさげていて、道行く人に(やや強引に)ナンを勧めたり、そこで振り払われたナンが、地面に落ちるのを見るたびに号泣するという、竹中直人さん演じる『恋のバカンス』という番組内でのコントです」
■昨晩、W坂さんからメールをいただいた。「インフルエンザかもしれないので、早めに手を打たれては」とのことで、本当にありがたい。ほかにも、宮沢さんの新刊書が外で笑いがもれるくらい面白いというお話や、ご自身が今進行されている企画のことなどが書かれていたが、最後にあった私のブログを読んでくださっての一文を読んで、私の周りの人たちがなぜか避けている(ような気がする)言葉がサラリと書かれていて、思わず「ハハッ!」と声を出して笑ってしまった。なんだかとてもうれしいメールだった。
自分自身、「ナン男」が頭に浮かんできた。
ナン男(手にナン)

肩にナン

当日、竹中直人さんの「恋のバカンス(初回限定版DVD-BOX)」を買うと付いてくるという「ナンの巨大携帯ストラップ」を携帯に付けていったら、どういうリアクションが返ってくるか見てみたいが。
ググったら出てきた参考画像

※ナン男をご存じない方に・・・
「ナン男とは、パンチ(パーマ)で、浴衣を着ており、両肩には何枚かのナンをぶらさげていて、道行く人に(やや強引に)ナンを勧めたり、そこで振り払われたナンが、地面に落ちるのを見るたびに号泣するという、竹中直人さん演じる『恋のバカンス』という番組内でのコントです」
■昨晩、W坂さんからメールをいただいた。「インフルエンザかもしれないので、早めに手を打たれては」とのことで、本当にありがたい。ほかにも、宮沢さんの新刊書が外で笑いがもれるくらい面白いというお話や、ご自身が今進行されている企画のことなどが書かれていたが、最後にあった私のブログを読んでくださっての一文を読んで、私の周りの人たちがなぜか避けている(ような気がする)言葉がサラリと書かれていて、思わず「ハハッ!」と声を出して笑ってしまった。なんだかとてもうれしいメールだった。

