■祖父が亡くなった。突然のことだった。
九州の実家から連絡を受けた父は、その後親戚と関係各所に電話をかけ、私と母は父のその無駄のない動きに悲しむすきを与えられず、ただぼんやりとそばで見ていた。明朝始発の飛行機のチケットを予約しすべての手配を終えた父は、私と母に明日早いので寝るようにと伝えた。いつも以上に冷静に見えたが、後から母に聞いた話では、その後ふと思い出したようにろうそくに火を灯けリビングのテレビの上に置くと、自分の部屋に戻って泣いたそうだ。私はその日父の泣く姿を見なかった。
■翌朝、父の実家に着いて、祖父の亡骸を見たとき、私は初めて状況に頭が追いついて泣いた。父も泣いていたように思う。顔を白く塗られた祖父はいつもより上品に見えた。
それから通夜が始まるまでは忙しくしていたので気が紛れたが、一旦通夜が始まると祖父の声ばかりが思い出されてずっと泣いていた。
祖父は去年、体調を少し悪くして、半年以上大阪で過ごしていた。朝、家を出るとき、祖父のいる和室をのぞくと、いつも眠るように座椅子に腰かけていて、「いってきます」と言うと、「はい、いっておいで」と言ってくれた。今はまだその声の感じも訛りもそのまま思い出すことができる。
■翌朝、姪を連れて姉夫婦も到着。間に合って本当に良かった。
■翌日帰阪。大阪はくもり。気温6度。
九州の実家から連絡を受けた父は、その後親戚と関係各所に電話をかけ、私と母は父のその無駄のない動きに悲しむすきを与えられず、ただぼんやりとそばで見ていた。明朝始発の飛行機のチケットを予約しすべての手配を終えた父は、私と母に明日早いので寝るようにと伝えた。いつも以上に冷静に見えたが、後から母に聞いた話では、その後ふと思い出したようにろうそくに火を灯けリビングのテレビの上に置くと、自分の部屋に戻って泣いたそうだ。私はその日父の泣く姿を見なかった。
■翌朝、父の実家に着いて、祖父の亡骸を見たとき、私は初めて状況に頭が追いついて泣いた。父も泣いていたように思う。顔を白く塗られた祖父はいつもより上品に見えた。
それから通夜が始まるまでは忙しくしていたので気が紛れたが、一旦通夜が始まると祖父の声ばかりが思い出されてずっと泣いていた。
祖父は去年、体調を少し悪くして、半年以上大阪で過ごしていた。朝、家を出るとき、祖父のいる和室をのぞくと、いつも眠るように座椅子に腰かけていて、「いってきます」と言うと、「はい、いっておいで」と言ってくれた。今はまだその声の感じも訛りもそのまま思い出すことができる。
■翌朝、姪を連れて姉夫婦も到着。間に合って本当に良かった。
■翌日帰阪。大阪はくもり。気温6度。
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