レポート | 2006/02/15(水) 23:54
■朝日カルチャーセンターの講座にゆく。
■おととしの、ネパールの処女神“クマリ”を題材にした「未来への捧げもの」、人間同士の結びつきについて映画から読み解く「シネマの快楽」につづいて3期め。今期のテーマは「占い」。

■おととしは仕事をしながら受講していたので、平日18時半から、という時間設定のため大幅遅刻と欠席をくり返していたが、今回は全6回皆勤できるのでは、と思っていたところ、第1回は旅行、第2回は身内の不幸と重なり、すでに本日第3回目。残すところあと4回。師は拠点を大阪から東京に移されたので、今後大阪に来られることも少なくなるだろうと考えると、貴重な4回である。

■少し遅れて入ると、教室内は暗く、資料用のビデオが流されていた。最近テレビでよく見かける男性スピリチュアル・カウンセラーの番組だ。前世や憑いているものを見るという内容で、見られているのはある脚本家。5分ほど見ただけだが、その脚本家はあきらかに疑っているように見えた。
■「前世、あなたはオペラ作家でした。有名ではないですが、年譜に名前ぐらいは残っている人物です」と言われ、「名前わかりますか?」とすかさず脚本家の男性が聞き返したとき、カウンセラーはあきらかに一瞬ひるみ、そこにはぎこちない間がうまれた。そのあまりの気まずさに教室内には笑いがもれた。この時の彼の表情に効果音をつけるとすると間違いなく、「ギクーッ」だ。
■そのあと、もう一本参考資料として映像が流され、それは、歯に衣着せぬ物言いで人気の中年女性占い師の番組だった。彼女については、著書からの引用なども取り上げ、かなり勝手で強引な論理の一部が紹介された。強引だった。かなり強引だった。

■この、男性カウンセラーと女性占い師の、すべてとは言えないけれどある種のうさんくささについての読み解きは、非常におもしろいものがあったが、それとは別に、私は「“みんなで見る”ことのもたらす冷静さの力」について考えていた。

■一般的に、今回資料としてあげられたようなバラエティ番組は、家庭の娯楽用に作られているので、みんなでまじめに見られたり、ましてや講義の場のようなところで批評の目を向けられることに耐えきれない。ひとりで家でぼうっと見ていたら、聞き流すか、もしくはそれなりに聞こえてしまうような、深刻そうな効果音ひとつをとってみても、みんなで見ているときには笑える演出になっていた。
■占いやカウンセリングもまた、同じように、多くの人の冷静な目の中では成立しにくいものなのだと思う。というか、ひとりの中でのみ成立すればよい性質のものなのだろう。

■上のカウンセラーの番組を止めた後、教授は、「こういうのは、閉じられた空間でするものなのに、こういう場所でやっている時点で、おかしいね」と言った。専門分野は宗教学で、インドやバリなどで多くの霊能者や悪魔払い師などを見てきた教授にとって、そういうもの(“霊的なものそのもの”というより、社会の中でそういったもののもつ“役割”)への理解は大きいはずで、その上で今回このふたりを否定的にとらえたのは、そういったものを扱う種類の人間としての、彼らのスタンスの否定だろう。もっと単純に、感情的な”気持ちの悪さ”からだったかもしれないが。

■講義では、「なのになぜ、今彼らがメディアに頻繁に取り上げられ、ある種の人気を得ているのか」の分析が続き、社会の中でそういったものが求められる理由についての解説が続いた。なるほどなぁ、と興味深く聞く。

■次回は、2月27日。興味深くてまちどおしい。
コメント (0) | トラックバック (0)
コミュニティ検索 »
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://yonekura.blog10.fc2.com/tb.php/136-0e03ca1f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
コメント







非公開コメント
プロフィール
 

米倉アツコ

  • Author:米倉アツコ
  • 本サイトはこちら↓
    ここではありません
    昔々の日記、レポート、Tシャツなどの記憶。
友達申請フォーム
 
ブログ内検索