■日記をブログにする前のページで、自己紹介の所の「尊敬する人」に「宮沢章夫さん」と「姉」と書いていたのだけれど、ビッグネームと身内を並べて書くものだから、サイトを見てくれた人から時々、「で、お姉さんは何をやっている人?」と聞かれることがあった。ふつうの人です。7年間、奈良の山のふもとの図書館で司書をしていたが、赤ん坊ができたのを機に辞めてしまった。いまは「もっぱら主婦」、いわゆる「せんぎょう主婦」というやつだ。
■末っ子の多くがそうであるように、私も成長期の文化的な影響をほぼ姉から受けた。「好き嫌いの食べ物」まで、物心がつくかつかないかの頃に、姉のアドバイスのもと「きゅうり」に決定されたという話もある。その真偽のほどは今となっては明らかではないが、今も私はきゅうりが食べられない。
■高校生の頃、大学で何を学ぶべきか決めかねていたときも、その頃大学生だった姉の「あつの好きそうな先生がいる」という一言で同じ大学の哲学科に決めた(この「先生」というのは宗教学者の植島啓司氏)。
■姉の影響を受けまくったと書くと、ものすごくアクの強い人物を想像されそうだが、当の本人はいたって穏やかだ。姉もミクシイにいて(ほとんど交流はないが。最近はほとんど利用していなさそうだ)、そこでの誰かの紹介文がとても象徴的だったので勝手に引用させてもらうと、
いつ会っても、海の凪。とても穏やかです。なぜかしら、ふるさとのような温かく優しい人です。
私を含む残りの家族三名(父母私)がへっぽこぴーのたりらりらーなのに対し、あの人だけは「海の凪」。なんでろう。28年間ずっと考えている。
■家族の影響による私の構成要素として、バファリンで言うところの「優しさ」の部分が姉である。「騒がしさ」が母、「つまらない冗談」が父である。バファリンの半分は「騒がしさ」と「つまらない冗談」でできている。そんなバファリン、誰が買うか。
■末っ子の多くがそうであるように、私も成長期の文化的な影響をほぼ姉から受けた。「好き嫌いの食べ物」まで、物心がつくかつかないかの頃に、姉のアドバイスのもと「きゅうり」に決定されたという話もある。その真偽のほどは今となっては明らかではないが、今も私はきゅうりが食べられない。
■高校生の頃、大学で何を学ぶべきか決めかねていたときも、その頃大学生だった姉の「あつの好きそうな先生がいる」という一言で同じ大学の哲学科に決めた(この「先生」というのは宗教学者の植島啓司氏)。
■姉の影響を受けまくったと書くと、ものすごくアクの強い人物を想像されそうだが、当の本人はいたって穏やかだ。姉もミクシイにいて(ほとんど交流はないが。最近はほとんど利用していなさそうだ)、そこでの誰かの紹介文がとても象徴的だったので勝手に引用させてもらうと、
いつ会っても、海の凪。とても穏やかです。なぜかしら、ふるさとのような温かく優しい人です。
私を含む残りの家族三名(父母私)がへっぽこぴーのたりらりらーなのに対し、あの人だけは「海の凪」。なんでろう。28年間ずっと考えている。
■家族の影響による私の構成要素として、バファリンで言うところの「優しさ」の部分が姉である。「騒がしさ」が母、「つまらない冗談」が父である。バファリンの半分は「騒がしさ」と「つまらない冗談」でできている。そんなバファリン、誰が買うか。
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コメント
なぎ姉と呼びたくなりました。
2006/10/19(木) 11:32 M岡厚志 URL [編集]
