日記 | 2007/01/27(土) 11:52
■小学校の時の国語の時間、忘れもしない「よーへー」と呼ばれていた男子生徒が、担任に指名され、宮沢賢治の「やまなし」を朗読しはじめた。あの有名な、

「クラムボンがわらったよ」

という、小学生にとってはさっぱり意味はわからないが(まあ、今もわからないのだが)音だけは異常におもしろいというフレーズに、私は完全にノックアウトされ、初めはこらえていた笑いをある瞬間我慢できなくなってせきを切ったように、「ぶわーーーーーー!っはっはっはーーーーー」と涙目で爆笑し、担任に厳しく注意されて以来(その時ちらりとよーへーを見ると、彼は赤くなって照れ笑いを浮かべていた)、詩とは縁遠い人生を過ごしてきた。

■それが最近、あることがきっかけで詩を読むようになった。短い言葉の羅列だったり、簡単な言葉のくり返しであったり、成分は文字がすべての、形態はごくシンプルだが、小説にも、音楽にも、映画にも似た、それらに大きく気持ちが揺さぶられる。

■そして、ふと、あるフレーズを思い出した。

「みんないないことがかなしい」

というようなフレーズ。誰の詩だったろう、と考えて思い出した。詩ではなかった。前の会社の上司からもらった、数少ないメールの中の言葉だった。彼は外国人だから、いつも子供のようにたどたどしく、稚拙で、だがある意味とても魅力的な言葉を話し、書いた。少し前にメーラーのトラブルで過去のメールすべてを無くしてしまったので、実際のメールはもう無いのだが、

「かなしいよ みながいないんだ」(※)

というようなメールだった。私が会社を辞め、他にも立て続けに人が辞めていたころ、上司から届いたメールだった(今は彼も独立して自分の会社を経営している)。今思えば、あれは詩だったな。

■次に読みたいのは、谷川俊太郎さんの

夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった

谷川俊太郎さんといえば、姉が好きだった『朝のリレー』

アザーンの鳴り響く、モロッコの朝を思い出したりする。

■昨日は仕事の帰りに友人に誘ってもらって、渋谷パルコで開催中のシアタープロダクツの企画展の関連イベント「真夜中のセール」に行ってきた。夜中の22時から26時までのセール。ブランド恒例らしい。友人はハッと目の覚めるようなエメラルドグリンのニットを買っていたが、私は何も買わなかった。でも、あの美人のプレスの人と、友人に会えただけでも意味があった、真夜中の行動。

※4/29の日記にタイムリーに書いていました。実際は「さびしいよ。みながいないんだ。」でした。
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