■ひさしぶりにM氏から電話をもらった。ほんとうに久しぶりだ。テンションが上がる。最近の私の日記から何かを少し悟っているようで、
「死ななかったら、何をしてもいいよ」
と彼は言った。
これほど全肯定的言葉は彼からしか聞かれないだろう。たいていの人たちは、「だいじょうぶ?」「やめておいたら?」「ばかじゃないの?」などと言うが、M氏は私の身を案じていないわけではなく、その上でいつだってすべてを許す言葉をくれる。そしておかしなことに「何をしてもいい」と言われると、逆にグッと気持ちがひきしまるのだった。
■それにまじめな両親にまじめな環境でまじめにまじめに育てられてきたので私には決して「何でも」はできない。何かあったら最後のところで無意識が私を止めるだろう。
■俳優の高橋克実が禿げを気にして、残り少ない髪を長く伸ばしてかぶせていた当時、道で倒れて救急車で運ばれたことがあったそうで、その時に看護婦さんが胸のボタンを開けたり、ベルトをゆるめたりという処置をする中で、かぶっていた帽子を取ろうとしたら、意識を失っているはずの高橋克実が取られかけた帽子をぐっと持って離さなかったらしい(「ウチくる」で友人の寺脇康文が言ってた)。
■そんな感じで、私も本当にどうかと思うことに足をつっこみかけたとしても、無意識が私に帽子を守らせると思うのだ。
■うん、例えが悪すぎた。
■いやあ、それにしても。M氏からの電話はすばらしく温かかった。いい友人をカミサマありがとね。
「死ななかったら、何をしてもいいよ」
と彼は言った。
これほど全肯定的言葉は彼からしか聞かれないだろう。たいていの人たちは、「だいじょうぶ?」「やめておいたら?」「ばかじゃないの?」などと言うが、M氏は私の身を案じていないわけではなく、その上でいつだってすべてを許す言葉をくれる。そしておかしなことに「何をしてもいい」と言われると、逆にグッと気持ちがひきしまるのだった。
■それにまじめな両親にまじめな環境でまじめにまじめに育てられてきたので私には決して「何でも」はできない。何かあったら最後のところで無意識が私を止めるだろう。
■俳優の高橋克実が禿げを気にして、残り少ない髪を長く伸ばしてかぶせていた当時、道で倒れて救急車で運ばれたことがあったそうで、その時に看護婦さんが胸のボタンを開けたり、ベルトをゆるめたりという処置をする中で、かぶっていた帽子を取ろうとしたら、意識を失っているはずの高橋克実が取られかけた帽子をぐっと持って離さなかったらしい(「ウチくる」で友人の寺脇康文が言ってた)。
■そんな感じで、私も本当にどうかと思うことに足をつっこみかけたとしても、無意識が私に帽子を守らせると思うのだ。
■うん、例えが悪すぎた。
■いやあ、それにしても。M氏からの電話はすばらしく温かかった。いい友人をカミサマありがとね。
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わたしもマジメな両親に育てられたのですが、その反動か、
意外に「何でも」やっちゃうみたい、と最近気づきました。
お返事
ありがとうございます。見守っていただけるとは、若干恥ずかしくそして心強く、そわそわしながら今後も精進します。
→とがいさん
同じマジメな両親でもやはり本人の生まれ持った気質なのですね。「何でも」の話、また聞かせてください。